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学校だより 令和8年8・9月号

2026年07月21日 中学 高校

人生という砂時計
 校長 冨里 一公


 校長だよりに以前にも書いたかもしれないが私には迷った時いつも立ち返る場所がある。それは「夜と霧」という書物である。ご承知の通りナチスの筆舌に尽くしがたい凄惨な強制収容所から奇跡的に生還したビクトール・E・フランクルによって記された20世紀最大の書物である。私の校長室の書棚には霜山徳爾訳の「夜と霧」と池田香代子訳による現代語版が常に2冊並んで鎮座している。

 日曜日の朝6時からNHKで「こころの時代」という番組が放送されている。年を取ると朝が早く5時には目が覚めてしまっている私にとってこの番組は、今風に言えば「推し」番組の一つである。宗教や哲学者の思想について深く掘り下げて我々に提供してくれる番組で、特に2024年に放送された「シリーズビクトール・フランクル」は、人間の生きる意味を深く洞察する内容で、放送終了後、何度も再放送がされている。番組の中での勝田茅生さんの深遠な解説と「夜と霧」の文章を朗読するアナウンサーの声が我々人類のこれから進むべき道を示しているようで朝の静寂の中、深い思索の瞬間を与えてくれる。 標題の「人生という砂時計」は番組の第4話のテーマである。フランクルは我々人間の人生を砂時計に例えてこう言っている。砂時計の上の部分にある砂はまだ訪れていない未来でそれが我々の人生にどのような作用をするのかは未知数である。そして、真ん中の細いくびれの部分を通って、下の部分に溜まった砂は過去であり、そこはもう変えることのできない固定化されたまさしく過去そのものであるというのです。

 未来はどのような可能性があるのかわからない、過去は過ぎ去って変えることはできない。ならば、細いくびれの部分のその一瞬(今)にしか我々人間が判断し、自分らしく生きる自由はないのであると語るフランクルの思想は、毎日を無作為に生きている私のような者にとって深くて衝撃的な教えである。

 私の過去の人生を振り返ってみればお世辞にも合格点など与えられる人生ではないし、思い起こせば失敗ばかりで恥ずかしい限りである。しかし、そのような暗い過去でもフランクルは、細いくびれた部分の現在(今)をどう生きるかによって過去をも再構成できると我々に語りかけるのである。精神の自由を与えられている今このときを如何に充実して自分らしく自由に生きるのか、それが出来ればこれまでの失敗ばかりの過去を明るい過去に再構成できると彼は言うのである。

 番組の中で「あなたは死ぬことは怖くないのですか?」とフランクルに質問する場面がある。その問いに答えたフランクルの言葉に私は私の心の一番弱い部分を見事に射貫かれた気がしたのである。「私は死ぬことは怖くはありません。それよりも私は私自身を生きなかったことの方が怖いのです」なんと逆説的であり、ナチスの凄惨な強制収容所を奇跡的に生き抜いた人間から我々現代人に向けられた辛辣で痛烈な苦言であろう。

 砂時計の上の部分が残り少ない私とは違い、薬科生の人生という砂時計は今、まさに始まったばかりである。君たちがこれから先、無限にある「未来」の砂を細いくびれた部分にどのように通過させ、どのように「過去」に固定化させるのか、楽しみで仕方がない。
 
 「夜と霧」を読み返すと毎回新たな発見があり、自己を振り返る文章に出会えるのです。我が薬科生の皆さんにもぜひいつか手に取って一読してもらいたい書物である。